萩生田光一の学歴は停学で不良だった⁈最年少市議の経歴が凄い!

萩生田光一氏といえば、文部科学大臣や教育再生担当大臣として活躍していた政治家ですが、彼の学歴や経歴はどのようなものなのでしょうか?

実は、萩生田氏は高学歴でありながら、ヤンチャな過去を持っているという意外な一面もあるのです。

そこで今回は、萩生田光一氏の学歴や経歴について詳しく紹介していきます。

さっそく詳しくいていきましょう!

目次

萩生田光一の学歴は停学で不良だった⁈

萩生田光一氏は、1963年8月31日に東京都八王子市に生まれました。

萩生田光一氏の学歴をまとめたものがこちらです。

  • 保育園:共励保育園卒園
  • 小学校:第十小学校卒業
  • 中学校:第二中学校入学、ひよどり山中学校卒業(第一期生)
  • 高校:早稲田実業高等部
  • 大学:明治大学商学部卒業

萩生田光一氏は偏差値75の早稲田実業を卒業し、明治大学へ進学と高学歴の持ち主です!

しかし、萩生田光一氏は高校時代に2度の停学処分を受けたことがあるんだとか。

1度目は、卒業パーティーのパーティー券を売り歩いているのがバレたこと。

2度目は、高田馬場で東京朝鮮中高級学校の生徒と乱闘になり、警察を呼ばれてしまったことが原因だといいます。

実は萩生田光一氏の髪型はリーゼントで、学生服は長ランだったそう。

しかも、早実のジャイアンとも呼ばれていたそうです!

萩生田氏は、大学ではラグビー部に所属していました。

萩生田光一の最年少市議の経歴が凄い!

萩生田光一氏は大学在学中から元八王子市長の黒須隆一氏の秘書として政治の世界に入りました。

そこで地方政治の現場感覚を養ったそうです。

1991年に27歳で八王子市議会議員に初当選し、全国最年少の市議になりました。

1995年と1999年に市議会議員に再選され、2001年に東京都議会議員に初当選しました。

2003年に衆議院選挙に東京24区から出馬し、初当選を果たしました。

2005年に郵政解散で行われた衆議院選挙でも再選され、2006年から自民党青年局長や文部科学部会科学技術選任部会長などを歴任しました。

2008年に福田康夫改造内閣で文部科学大臣政務官に任命され、麻生内閣まで務めました。

しかし、2009年の衆議院選挙では落選し、国政から離れました。

その間は千葉科学大学危機管理学部で客員教授として教鞭をとりました。

2012年に衆議院選挙で国政に復帰し、自民党総裁特別補佐や副幹事長などを兼任しました。

2013年からは筆頭副幹事長や選対事務局長などを務めました。

2015年に第3次安倍第1次改造内閣で内閣官房副長官・内閣人事局長に任命され、2016年に自民党幹事長代行に就任しました。

2017年には衆議院選挙で5選を果たし、2019年に第4次安倍第2次改造内閣で文部科学大臣・教育再生担当大臣に就任しました。

2021年から2022年までは経済産業大臣として産業競争力や原子力政策などを担当しました。

2022年8月に政務調査会長に就任し、2023年現在は自民党の政策立案や調査活動を統括しています。

萩生田光一のプロフィール

萩生田光一氏のプロフィール

  • 名前:萩生田 光一(はぎうだ こういち)
  • 生年月日: 1963年8月31日
  • 出身地: 東京都八王子市
  • 出身校: 明治大学商学部
  • 前職: 八王子市議会議員秘書
  • 所属政党: 自由民主党
  • 現職: 内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)、産業競争力担当大臣、ロシア経済分野協力担当大臣、原子力経済被害担当大臣、GX実行推進担当大臣、経済産業大臣

まとめ

萩生田光一氏の学歴は、高学歴でありながらヤンチャな過去を持つ政治家でしたね。

また、萩生田光一氏は地方政治から国政まで歩んできた叩き上げの経歴を持ち、安倍首相の側近としても活躍しました。

萩生田光一氏の今後の活躍にも注目したいですね!

最後までご覧下さりありがとうございます。

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