2025年8月に繰り上げ当選が決まり、衆院議員となった丸尾圭祐さん。
丸尾圭祐さんは、恵まれた家庭環境ではない中で努力し政治家となった人です。
では、丸尾圭佑さんはどのような学歴や経歴なのでしょうか?
この記事では、
- 丸尾圭祐の生い立ち
- 丸尾圭祐の学歴
- 丸尾圭祐の経歴
についてお伝えしていきます。
丸尾圭祐の父は漁師!母を早くに亡くした父子家庭での生い立ち!
丸尾圭祐さんはどのような家庭環境で育ち、どのような思いを抱いていったのでしょうか?
見ていきたいと思います。
漁師の一人息子
丸尾圭祐さんは、1982年4月19日に福岡県福岡市西区に浮かぶ能古島(のこのしま)で産まれました。
丸尾さんの父親は、漁師をしており丸尾圭祐さんは一人息子のようです。
小学生2年生のときに、丸尾圭祐さんにとって大きな出来事が起こります。
それは、母親が病気で亡くなるという出来事です。
その後、丸尾圭祐さんは父一人子一人の環境で生活をしていきます。
父子家庭の生活は厳しかったようです。
漁業はバブル崩壊以降、燃料費の高騰や漁価の低迷などで経営環境は厳しくなり、年々収入も少なくなっていく状況だったと、丸尾圭祐さんは言っています。
また、次のような不安もあったと口にしています。
もし父親がいなくなってしまったら天涯孤独になってしまう
引用:立憲民主党公式サイト
子供ながらに、「父がいなくなったらどうしよう」という大きな不安を抱いていた丸尾圭祐さん。
そういった将来の不安から、丸尾圭祐さんは「社会の仕組みや世の中が今後どうなっていくのかに関心を持つようになった」と語っています。
丸尾圭祐さんは子供の頃の体験や感じたことが、将来目指す方向に影響を与えたのかもしれませんね。
生徒会長として丸刈り校則廃止
丸尾圭祐さんは、中学2年生のときに生徒会長になっています。
生徒会長として男子生徒に義務付けられていた「丸刈り」校則を廃止しました。
丸尾圭祐さんは、小学校時代自分の意志で丸刈りにしていましたが中学生になると、丸刈りが義務になると逆に髪の毛を伸ばし始めたのです。
「外部から自分の有りようを強制されるのが嫌」という感覚がありました。
そういった感覚や考えから、個人を尊重することやその意義をはっきりと意識するようになったようです。
高校生のときには、子どもの権利条約に関心を持ち、子ども会議などを通じてその啓発活動を行なっていました。
丸尾圭祐さんは自分の考えをしっかりと持ち、行動することができる人なのがわかりますね。
これらのエピソードは、丸尾圭祐さんの政治家としての原点とも言えます。
丸尾圭祐の出身高校・大学はどこ?学歴を詳しく紹介!
丸尾圭祐さんの学歴を覗いてみたいと思います。
丸尾圭祐の出身高校
丸尾圭祐さんの出身高校は、福岡県立城南高等学校です。
この高校は、福岡県内にある難関進学校で、普通科の偏差値が69とされています。
城南高校出身の有名人には、シンガーソングライターの「椎名順平」さんや女優の「石川紗彩」さんがいます。
丸尾圭祐の出身大学
丸尾圭祐さんは、九州大学21世紀プログラム課程に入学しています。
九州大学21世紀プログラムは、自分の興味や関心に基づいて、学部や学科の垣根を超え自由に学びを組み立てられる教育プログラムです。
丸尾圭祐さんはこのような大学で、幅広い視野で物事を学び、柔軟な思考力をつけることが出来たのかもしれませんね。
また、丸尾圭祐さんは大学3年の時期に、米国ミシガン大学に交換留学生として、1年間留学しています。
日本とは異なる政治システムや文化に触れ、多文化理解やグローバルな視点を深めました。
大学院に進学!
丸尾圭祐さんは、九州大学卒業後に東京大学大学院公共政策学教育部に進学し、専門職修士(公共政策学)を修了しました。
ここは、日本の政策形成の最高教育機関で実務家と研究者の融合型教育を行なっており、政府高官、政治家、企業幹部を多数輩出しています。
丸尾圭祐さんは、エリートコースの学歴を持っているのがわかりますね。
丸尾圭祐の経歴まとめ!政策秘書から衆議院議員になるまでの道のり
丸尾圭祐さんは、大学院卒業後どのような道のりを歩んできたのでしょうか?
丸尾圭祐さんの経歴をみていきたいと思います。
政策秘書になったきっかけは?
丸尾圭祐さんは、当初は行政官になって政策立案と実施の現場を経験してから政治家になろうとしていました。
行政官になるため、大学院時代に国家公務員第Ⅰ種の試験を受けましたが、1次試験に落ちてしまったのです。
当時はリーマンショック直後で家庭の経済状況も悪く、バイトを掛け持ちしながら勉強をしていたため、今後どうしようかと悩んでいました。
しかし、同時期に受けた国会議員の政策担当秘書には合格していました。
そのため、当時の民主党政権の経済産業大臣政務官だった田嶋要議員から声がかかったのです。
このことがきっかけで丸尾圭祐さんは12年間、田嶋要議員の政策担当秘書として活躍しました。
政策の仕事を経験したいと思っていた丸尾圭祐さんには、行政官では無く政策担当秘書としてでも、やりたかったことが出来て、良い経験だったのではないでしょうか。
丸尾さんは政策担当秘書として、国会質問の準備や答弁資料の作成、地方要望への対応など、政策形成の最前線を支える役割を果たしました。
こうした経験から「再審無罪者への年金支給立法」の実現など、人の人生を救う政治を体感したとのことです。
また、参議院議員・野田国義氏の公設第二秘書も兼務し、幅広い政治活動に関わっています。
福岡に帰郷して政治活動
丸尾圭祐さんは、立憲民主党の候補者公募に合格したことにより、2023年7月福岡県に帰郷して政治活動をしました。
同年9月には立憲民主党福岡1区公認予定候補として承認され、公認候補として2024年10月の第50回衆議院議員総選挙に挑戦。
残念ながら小選挙区は落選してしまい、比例でも復活することはできませんでした。
衆議院議員に繰り上げ当選
しかし、丸尾圭祐さんにチャンスが巡ってきます。
2025年8月に福岡5区から出馬し比例復活で当選した堤かなめ議員が市長選挙に出馬するため辞職。
結果、2025年8月に繰り上げ当選となり、ついに衆議院議員に初登院を果たしました。
初登院の際には「誠実な人柄と確固たる理念で国政に新風を吹き込む」と期待され、「一度会ったらファンになる」と評されたことも。
政策に強い丸尾圭祐さんは、強みをいかして活躍して欲しいですね。
まとめ
この記事では、
- 丸尾圭祐の生い立ち(小学校2年生から父子家庭で育つ)
- 丸尾圭祐の学歴
- 丸尾圭祐の職歴
について見てきました。
丸尾圭佑さんは、努力でエリートコースを歩んできました。
その努力を糧に、今後の活動や政策について活躍する姿を楽しみにしたいですね。