鈴木淳司氏は、2023年現在の総務大臣であり、自由民主党の衆議院議員です。
鈴木淳司氏の学歴は早稲田大学なんだとか!
さらに鈴木淳司氏の経歴が政治一筋でスゴいといいます。
さっそく詳しくみていきましょう。
鈴木淳司のプロフィール
まずは、鈴木淳司氏のプロフィールをご紹介してまいりたいと思います。
鈴木淳司氏のプロフィール
- 名前:鈴木淳司(すずき じゅんじ)
- 生年月日: 1958年4月7日
- 出身地: 日本愛知県瀬戸市陶原町
- 所属政党: 自由民主党
- 称号: 法学士(早稲田大学・1982年)
- 瀬戸市議会議員(2期)
- 衆議院議員(6期)
- 総務大臣(第29代)
さんは、1958年4月7日に愛知県瀬戸市陶原町で生まれました¹。父親は鉄工所を営んでいました⁴。
鈴木淳司の学歴は早稲田大学?!
続いて、鈴木淳司氏の学歴についても調査しました。
鈴木淳司氏の学歴は、早稲田大学なんだそう!
そこで、鈴木淳司氏の学歴をまとめたのがこちらです。
- 瀬戸市立陶原小学校
- 瀬戸市立水無瀬中学校
- 知県立千種高等学校
- 早稲田大学法学部
鈴木淳司氏の学歴は、岸田文雄首相と同じ早稲田大学法学部だったんですね!
1982年に早稲田大学法学部を卒業した鈴木淳司氏は、同年に、松下幸之助が設立した松下政経塾に入塾しました(第3期生)。
松下政経塾では、政治家や官僚などの指導者を育成するための教育や研修を受けました。
鈴木淳司の経歴が政治一筋でスゴかった!
鈴木淳司氏の経歴は、まさに政治に染まっていました。
鈴木淳司氏は、1991年に瀬戸市議会議員選挙に出馬し、初当選します。
1995年には再選。
1999年に市議会を勇退し、国政を目指しての活動に入りました。
2000年の第42回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で愛知7区から出馬しましたが、民主党新人の小林憲司に僅差で敗れました。
2003年の第43回衆議院議員総選挙では、比例東海ブロック単独で立候補し、初当選しました。
2005年の第44回衆議院議員総選挙では愛知7区から自民党公認で出馬し、民主党前職の小林憲司を破り再選。
2008年に福田康夫改造内閣で総務大臣政務官(情報通信・郵政行政担当)に任命され、麻生内閣まで務めました。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では自民党公認で愛知7区から出馬しましたが、民主党新人の山尾志桜里に敗れ、比例復活もならず落選してしまいます。
2012年の第46回衆議院議員総選挙では、愛知7区で山尾・正木裕美(日本未来の党)との三つ巴の選挙戦を制し、3度目の当選を果たしました。
2014年の第47回衆議院議員総選挙では、愛知7区で前回破った山尾に僅差で敗れましたが、比例東海ブロックで復活し、4度目の当選を果たします。
2015年に第3次安倍第1次改造内閣で経済産業副大臣に任命されました。
2016年には、衆議院法務委員長に就任しています。
2017年に、「テロ等準備罪」法案の審議をめぐり、民進党は鈴木の委員会運営が「強権的だ」として解任案を提出しましたが、否決されました。
しかし同年、法務委員長として組織犯罪処罰法改正案の採決を実施し、可決させました。
2017年、衆議院法務委員長を退任後、自由民主党副幹事長に就任し、第48回衆議院議員総選挙では自民党公認で愛知7区と比例東海ブロックで重複立候補しました。
鈴木氏と4度目の対決となった山尾氏は、週刊誌による既婚男性との交際疑惑報道で民進党を離党し、無所属で立候補しましたが、鈴木氏に僅差で敗れましたが比例東海ブロックでの復活で、5度目の当選を果たしています。
2018年の第4次安倍改造内閣で総務副大臣に就任しました。
その後、衆議院経済産業委員会筆頭理事や自由民主党副幹事長などを務めました。
2021年10月31日の第49回衆議院議員総選挙では立憲民主党の元職の森本和義に大差をつけ6選しました。
2023年9月13日発足の第2次岸田第2次改造内閣で総務大臣に就任し、初入閣を果たしています。
このように、鈴木淳司氏の経歴は政治一筋になっており、スゴイですね!
まとめ
今回は鈴木淳司氏の学歴や経歴についてまとめてみました。
鈴木淳司氏は、早稲田大学法学部卒業後、松下政経塾に入塾し、政治家を目指しました。
鈴木淳司氏の政治一筋の経歴は、6回目の当選を果たし、2023年現在は総務大臣として活躍しています。
今後の鈴木淳司氏の活躍にも注目したいです!
最後までご覧下さりありがとうございます。